読書手帖「聖書通読ノススメ [Kindle版] 」

通常は本を読んで、良いと思った所やいまいちと思った所なんかを感想に残すのですが、正直な所、この本は色々な意味で駄目だと思います。

 

99円という値段を見て私もつい気軽に買ってしまったわけですが、もし、皆さんがキリスト教徒という訳でもなく、キリスト教に造詣があるわけでもなく、でも聖書ってどんな本なんだろう、と思っているタイプの方ならば、はっきり言ってこの本を買っても役立たないので買わなくて良いです。

ここに書かれている聖書の通読方法が、一部のキリスト教徒が用いるありがちな聖書の読み方と黙想の方法であることは理解できます。

私も、つまみ食いのように読むより通読するタイプですので分からなくはありません。
しかし、だからこそ、この本は初めて聖書を読んでみようと思っている人には、ほとんど何の役にも立たないことも理解できるのです。

本書の文章の内容から見て、著者はおそらくキリスト教の中でも典型的な「福音派」の流れをくんでいる牧師だと思われます。
キリスト教世界において「福音派」は決して主流ではありません。アメリカ合衆国の中・南部はバイブルベルトと呼ばれる地域で割りとこの派が多いのですが他の地域ではごく少数派であると言ってよいです。「エヴァンジェリカル」という呼び名の方が知られているかもしれませんが、この派は一種の聖書原理主義的な志向の教派でもあります。

この本、実は一回Kindleストアに出た後、ストアでの販売をやめて再度ストアに出てきたのですが、内容が結構削られています。

最初にストアに出て来た版では聖書の著者が何人であるとか誰々であると明記してしまったり、聖書が編集や書き換えがなされていない驚異的な古文書、などといった話が書かれていて、福音派以外のキリスト教徒の大勢は同意しなさそうな内容でした(現行の販売版からは削除されています)。
聖書には身元不明な著者が沢山いるし、無数の人間による編集が随時行われて来た事は文献学的にみて、ほぼ間違いがありません。
聖書はイスラム教クルアーンコーラン)のように神様が直接話し聞かせた言葉をそのまま丸写ししました、という本ではないのです。

さらに最初の版では神が(聖神゜(聖霊)が、でも良いですが)導いてくださるので、必ず正しく読めます、みたいな感じで言われいて、「これで初心者が納得するのかなぁ?」という感じでした。

 

さて、上述の初版の内容を削り落としたらしい現行の版は結果としてどんな内容になったかというと、実践内容の部分だけを残した感じです。

そしてその内容を見てみると若干の補足事項以外、「読む前の祈り」と「読んだ後の祈り」以外は、ただ実際に読んでみて気づきがあったら書き留めてね、と言っているに過ぎません。
これは完全にキリスト教と聖書の世界観に深く馴染んだ、いわゆる内側にいる人間の認識です。

これで聖書が通読できるようになるのなら聖書を通読できない人間などいない、と言っても過言ではない説明と言って良いでしょうね。
逆にこの本の説明だけで聖書通読が出来るようになるような人は、この本を読まなくても間違いなく通読できるでしょう。

この本に書かれていることは、牧師である著者の個人的な信仰生活における聖書の通読経験であって、なんら初心者が聖書を読む助けになる本になっていません。

ちなみに私自身は聖書を通読するのは好きですが、著者のように「おみくじ読みは良くなくて通読すべき」とも「聖書を読まなければキリストに触れられない」とも思っていません。

そもそも聖書が一般人の目に触れられるようになったのは僅かここ3、4百年のことなのです。活版印刷技術による大量印刷が可能になって初めて一般の人の手元に聖書が届くようになりました。
それまでは、書記さんが一字一句、丁寧に書き写すしかなかったのです。当然、信徒全員に行き渡るような量は写本できませんし、現実に聖書に目を通す機会が一度も無かったキリスト教徒が大多数を占める時代が、それまでの千数百年間、続いていたわけです。
著者は、その千数百年間のキリスト教徒達の大多数は、誰もキリストに出会えなかったとでも言うのでしょうか。もしそうならキリスト教など、とうの昔に消滅していたでしょう。
では、どうやってかつての信徒さん達は聖書の内容を知ったのでしょうか。教会の奉神礼における聖書の朗読を耳で聴いていたのです。もちろん通読にはならないかも知れませんが重要な部分はこれで覚えることが出来ました。祈祷文の中にも聖書の内容はふんだんに用いられていましたから、教会で祈祷を聴きながら、また自分で祈祷しながら知って行きました。イコンを見て知っていきました。

個人で読む前提が環境として存在していなかったからこそ教会は、それを別の方法で信徒達に提供してきたし、現在もしているのです。


聖書を読むのが好きな私としては、聖書を読んでもらいたい、という著者の気持ち自体は理解できなくもありません。
しかし、この本を「初心者向けの聖書通読指南本です」と言われて推奨する気には到底なれないです。
逆に読む気を無くす人の方が多くなるだけだと思います。

初心者が読んでも何をして良いのか分からず、玄人が読んでも当たり前のことしか書いていません。
結局、誰に対する指南にもならないし、誰が読んでも得をしない本です。

結論としては、聖書を読んだことはないが本当に興味がある、という人には買うべきでないと言わざるを得ません。

(本書は結局99円の本なので100円玉を落とした位の気持ちであえて読もうという人まで無理に止めはしませんが)

 

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